
2010年5月13日
「呼子大綱引き」の始まりは、豊臣秀吉が文禄・慶長の役で名護屋城(現在の唐津市鎮西町)に
陣を構えていた400年ほど前。兵の士気を鼓舞するために加藤清正と福島正則の陣営を東西に
分け、軍船のとも綱を使って綱引きをさせたのが始まりといわれています。以前は旧暦の端午の
節句に行われていましたが、現在では6月の第一土曜日(こども綱)、日曜日(おとな綱)の2日
間にわたって行われます。
呼子の町を岡組と浜組に分け、ドラや火矢を合図に老若男女が直径15㎝、長さ400mの大綱
を引き合います。岡組が勝った年は豊作、浜組が勝った年は大漁になるといわれています。
見物のお客様も飛び入り参加できることもあって毎年大勢の観光のお客様で賑わいます。
町の男衆は自分の育った町の名を染めた法被を身にまとい、豊年満作・叶大漁、を願い
力と力の真剣勝負の勇壮な迫力満点のお祭りです。
出店もいっぱい並んで、お祭りならではのお店がいっぱい。
わたがし、串焼き、りんご飴等 い~~~~~~っぱい。
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